COLUMN会長のひとりごと

第25回 ー哀悼クライフ(1)ー

我々が今見ている最高のバルサ、好きになったバルサそのものをクライフが作り上げたのだ。

クライフが逝った。

クライフに憧れ、その生き方・考え方に人生観含め大影響を受けている私には、今年一番、いや私のこれまでの人生の中でも最もショッキングなニュースの一つだ。

クライフについては、ひとり言の第十五回で『クライフ以後』という視点で少し書いたが、今回、改めて哀悼の意を込め、クライフってバルサにとって、そして私にとってどういう存在なのか、考えてみた。
二回にわたってひとり事を呟きたいと思う。長いが、お付き合いいただきたい。
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一回目はまず、クライフがバルサに与えた影響。

バルサは100年以上も歴史のあるクラブだが、今のスタイルが創立当初からあったのかというと、勿論そうでは無い。
クライフ自身がプレーしていた70年代のバルサのスタイルはいわゆる74年W杯のオレンジ軍団のもので、今とは違う。
彼とニースケンス二人で、それまでのバルサのフットボールを変えた。それ以前のバルサがどういうスタイルでプレーしていたかは正直、観ていないのでわからないが、間違いなくこのオランダ人がバルサだけではなく、リーガの潮目をも変えたはず。
しかし、当時のフットボールはクライフにとっての完成形ではなかったのかもしれない。自身も現役選手であったし、まだぼんやりとしたイメージだったのかもしれない。しかし、イノベーターのクライフは、自身が指導者になり彼の理想とするフットボールスタイルをバルサで実現しようとする。1990年に監督としてバルサに戻って来たその日から、彼の理想を検証する『実験』が始まった。そして、この日を起点としてフットボールそのものの、歴史を変える事になる。

巷にクライフ本は五万とあり、ここで細かくは語らないがクライフイズムのKEY WORD はご承知の通り、『ポセッション』と『エンタテインメント』だと、私は理解する。
ポセッションは、ボールを支配し続ける事の重要性、そしてボールを持っている間はリスクミニマムという極めてロジカルな思想。
攻められない。だからボールを回せ!『ボールは疲れない』というご存知のフットボール界に残る名言でも知られる。
『エンタテインメント』もその名の通り、プロのフットボールは魅せてナンボ。3点取られたら4点取る。
勝利至上主義ではないという信念。自身がFLYING DUTCHMANと言われた所以のあのゴールのような派手なプレーは大好きであり、それこそがプロの真骨頂だと考えている。

クライフの下、この『ポセッション』と『エンタテインメント』の二軸での『実験』がバルサで始まった。
が、しかし、残念ながら自身が監督の時にはその片りんは見せたが、完成形には至らなかったのかもしれない。
どこの時点をクライフの描いた完成形(フットボールに完成形など無いが)と言うのか。その理解にもよるが、PEP監督時代のティキタカを一つの頂点と考えるならば、足掛け20年超の時を経てそれは完成したことになる。
勿論、パーフェクトに仕上げたPEPも凄いのだが、やはり全てのタネをまいたのはクライフだ。

監督に就任した早い段階で、長期的なVISIONを持ってLa Masiaの改革に取り組み、AJAX方式の体系立った育成システムを持ち込んだ。
そして『ロンド』を軸にしたボール回しを徹底的に仕込む。育成世代からTOP-TEAMまで同じ思想のフットボールをする バルサのフットボールが金太郎飴に例えられ、下から上がってくる選手がすぐに上位チームに馴染めるのは、この一貫性のある仕組みのお蔭だ。

そして、この改革後のLa Masiaの卒業生たちが芽を出し育ち、XAVIというバルサイズムの申し子が現れた時に、クライフの追い求めた『理想』が完成したのではないだろうか。 
彼が追い続けたスタイルとは何かを具体的に我々クレに魅せてくれた。私は納得がいった。
どこかのチームの様に金の力でトッププレーヤーを寄せ集めてインスタントにチームを作ったり、ある時代だけは強いという一過性のチームではなく、クラブのシステムとして普遍的に強いバルサという“クラブ以上の存在”であるチームを作り上げた。

そして、今尚バルサは進化し続けている。とてつもないエンタテインメント性を更にパワーアップした理想のチームが現実として今ここにある。
  まさに、我々が今見ている最高のバルサ、好きになったバルサそのものをクライフが作り上げたのだ。

クライフに対し、何をどう感謝したら良いのか、適切な言葉が見つからない。。。